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はーの輔

Author:はーの輔
はてさてどんな方が来て下さるのやら
現在は大阪市内にて住んでいます。音楽、美術館めぐり、旅行、きものに興味があります。
同じ趣味の方もそうでない方もごゆるりとお楽しみ下さい。

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揚げ幕の先は地獄
自分で興味を持って大槻能楽堂へ行くのは初めてです。
(中学校高校が近くなので、授業で行きましたがまったく興味が持てませんでした。)
今日の善知鳥(うとう)。
お話をしてくださった馬場あき子さんの題目「地獄に堕ちるとは」にピンと来て。
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能なので基本亡者が主人公、(ここデフォルトです。)
士農工商の外にいる職業としての猟師。
善知鳥(うとう)という鳥をとる猟師をしてました。
生き物の命を直接奪う職業としての業の深さに、足を取られてしまった猟師のお話です。
亡者になってしまった猟師が妻子への伝言をお坊さんに託すところからです。

妻子を目の前にしているのか、思い出しているのか場面がわかっていませんが、
光と影の面が、理性(この世、人間としての情)と
狂気?(と言っていいのか?むしろ本性とか本能と言ったほうがいいのかも?)
(地獄、会いたい、生きたいの本能のみ)の狭間を行きつ戻りつするの薄ら寒く見ていました。
まさしく生者と亡者の間をゆらりゆらり揺れ動くそのさまと言うか、
猟師が、妻子に思いを残しつつこの世と地獄に行きつ戻りつする心情と
業に引きずられ地獄へ戻りかけている実体と本性が危ういです。

それにしても業が深いという罪ゆえに、
子供の頭も撫でることができないなんてそれだけでも大変な罰です。
(猟師が撫ぜようとすると子供がすっと後ろへ引いて触れない場面があるのです)
ただ、罪深いから触れないのか、罪深いからさわられたくないのかは、どっちでしょうねぇ。
むしろどんな人にでも起こり得る、隣にある地獄のお話でした。
あー、でも妻子に未練を残しつつも、揚げ幕の向こうにあるであろう
地獄に帰る猟師はかっこよかったです。
他にも立山禅定とかいろいろ頭でぐるぐるしてるけど、うまく言葉になりません。

観劇 | 20:00:35 | Trackback(0) | Comments(0)
舞台では何が起こるかわかんないのが面白い
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今回はマリコさんにお誘いをいただきまして、初めての大阪能楽会館です。
チケット自体は寒川さんがご用意くださいました。ありがとうござました(*^_^*)
脇正面の橋掛かりのすぐそばで、とっても見やすく楽しい席でした。

TTR能プロジェクト企画公演、「笛三流激突編」だそうです。
小鼓の成田達志さんと大鼓の山本哲也さんが主催してらっしゃいます。
謡にも流派があるように、能管、笛にも流派があり
一噌流(いっそうりゅう)、藤田流、森田流の三派です。
って、私やっと流派を認識しました。
前半は流派の違いを含めたライブとトーク。後半は舞囃子と能。

それぞれの流派を個々に聴いて、いつも観世会館で聞くのは森田流だな、
しかわかりませんでした(;''∀'')

まず、流派が違う、演者が違う、楽器が違う、と
こんなにも能管という一種類の楽器なのに音色が違うものかと。
ついでに、約一名、能管以外の楽器のほうが多いという方もいらっしゃいました。
笛は一本、という常識を軽く覆すその方は、一噌幸弘さん。
舞台に持って出た笛はたぶん8本ぐらいでしょうか?
横笛形式(能管はこれに含まれる)と縦笛形式(リコーダーです!!)をがさがさっと。
一本で吹いたり、複数笛を吹いたり(言葉だけだと想像できないと思います)。
ついでに持ち時間5分と前振りがあったにもかかわらず、釘差しがあったにもかかわらず
持ち時間オーバー、倍吹いたはりました。

横笛と縦笛、構えも口の形も違うし、吹いていない(温まってない)管は音も安定しづらいし、
それをよくもまぁ、器用に吹き分けはるわ、と感心しきりでした。
座ってたな場所が脇正面の橋掛かり側なので、ちょうど笛の先が向く方向で、
よく音も飛んできて突き刺さって快感です。

森田流は杉信太郎さん。若々しく勢いのある息の速い音です。清涼感あふれてます。
藤田流の竹市学さん。むしろいぶし銀のビロードのような感触のする音です。
話しぶりもいぶし銀のかっこええ雰囲気です。
竹市さんの音を舞台でもう少し聞いてみたいなと。

小鼓の成田さんもたぶん(あやふやでゴメンなさい)初めてお聞きすると思います。
(大鼓の山本さんはお顔ではなく、音を聞いて、思い出しました。汗)
次の公演を楽しみに、行こうと思います。
むしろ、私が大阪にいるのだから大阪の能楽堂に見に行けば必然的にお会いできるのです。
大槻能楽堂に行ってみよう!!!!!

無念、自然居士は簓(ささら)の部分から復活、それまで夢の中でした。
あー、もったいない_| ̄|○


やっぱり最後は甘味。
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菊屋のあんみつをいただいて帰りました。

観劇 | 16:08:04 | Trackback(0) | Comments(0)
違和感なさすぎて、逆におかしいぞ。
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どーーーん。のっけから失礼いたします。
今日は京都観世会館で面白能楽館でした。
能面に挑戦したり、蜘蛛の巣を投げてみたり、能衣装を着てみたり。
いろいろな体験ができるイベントです。
もちろん能もあります。

私も能面に挑戦。しかしあまりにも違和感が無さ過ぎて、逆におかしい。
今は平成の世なのですよ。昭和でもなく大正でもない、明治?
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ついでに母です。これまた違和感無し。そしてオカメさんにしか見えないぞ。
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母曰く、「水中メガネみたいで、このあたりしか見えないの~~~~」
視界不良絶好調です。頭を上ーーー、下ーーーって動かさないと周りが見えない。
意外と人間の視野って広いことを実感いたしました。
こんなん付けて、飛んで跳ねて飛び乗って、脛打ちそう。痛そう。。。。。

舞台では能衣装体験。実はマリコさんも挑戦。えらい格好良かったです。
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着つけてくださっている先生方、汗だく。大変~~~~。
かっこええ井上先生と一緒に吉田先生も衣装着付けでご参加でした。

今回は百鬼夜行が主題だったので能に出てくる人外さんいらっしゃーい的な演出で。
(一部人外じゃないけど、ほぼ人外の役も出演)
猩々(しょうじょう)、竜神、山姥(やまんば)、天狗、鵺(ぬえ)、鬼女。
同じ舞台の上に、こんだけの人外さんが乗っているのも今日だけですって(@^^)/~~~

そして土蜘蛛の蜘蛛の巣を投げる体験もしたのですが、ぽとっとショボかったので割愛。
来年リベンジしたいけど、来年はまた別の企画だろうなぁ。

で、本物の土蜘蛛の能もすごかった。
ピヤーって蜘蛛の糸が飛んで、それを剣で受けて、また蜘蛛の糸が飛んで。
真っ直ぐ飛ばしたり、上に向かって飛ばしたり。えらい大盤振る舞いでした(*^_^*)
最後はササササっとみんなが蜘蛛の糸を引き連れて帰って行って
それがまた面白くってやっぱり面白能楽館やなぁと。

最後は月ヶ瀬で甘味を食して帰りました。
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また来年も行こうっと。楽しみにしてますので、よろしくお願いします!!!

観劇 | 22:51:42 | Trackback(0) | Comments(0)
ゆらり、和ろうそくの光 ~ゆらり咄
夜は弘道館桂吉坊さんのゆらり咄。
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たちきり(たちきれ線香)
小糸の恋煩いとダメンズな若旦那のわっはっはでは終われない落語です。
あーあ、小糸ちゃん、最後は若旦那のあげたお線香で行ってしもうたな、ということでしょうか。
小糸の思いを地唄のゆきがしんしんとつのらせてぷっつり。
ちょうど外では雨がしとしと降る中で、しみじみ私の心にも積もりました。

しっとりと終わったと思ったら、木下歌舞伎の木下さんと吉坊さんのお話。
題して「封印切(副題?大阪商家のダメンズ?)」
木下さんと吉坊さんの話が止まらん、止まらん。
封印切は歌舞伎の恋飛脚大和往来の一場面。
歌舞伎の下敷きになっているのは、文楽の冥途の飛脚。
私も思ってましたが、お話の中に出てくる大阪商家のボンボンはあかんたれ=ダメンズです。
今回のたちきりも封印切もダメンズです。
お二人の話の中でも、
「口から出てくる言葉は「その時」はホンマ。でも現実に合ってないんだよねぇ」、とのこと。
それってまんまダメンズじゃん(*`皿´*)ノ
お商売とのからみや狭い人間関係の中で動く人の営みを凝縮したダメンズでした。

桂吉坊さんのお話は今回が2回目。
1回目は大阪の山本能楽堂で松尾貴史さんとの落語でした。
タヌキとキツネの出てくる人情噺だったのですが、
ぽろぽろ泣いたことしか覚えてませーーん!!
2回目である今回は蝋燭の薄暗い光でしたが、
見えずらいからこその聞きやすさ見やさがありました。
今後も少しづつ聞きに行きたいと思う噺家さんでした。

観劇 | 10:31:21 | Trackback(0) | Comments(0)
愛らしい熊野(ゆや)と寝ぼけ盧生(ろせい)
ピンと張った気持ちのまま観世会館で「熊野(ゆや)」を見て、素直に愛らしいと感じました。
母親が病床に伏せってしまいお見舞いに帰りたい熊野(ゆや)。
ところが熊野は平宗盛(むねもり)に仕えており、自由にできない状態。
宗盛に帰りたい旨を伝えるも、聞き入れてもらえず。加えて、花見に行くぞ!と言われる始末。
宗盛がいじわるというよりかは、公家のボンボンで他人の機微がわからんだけやろうなと。
沈んだ熊野と春爛漫。その茫洋とした熊野が読む和歌。
いかにせん、都の春も惜しけれど、馴れし東(あずま)の花や散るらん
この歌を聞いたあとの宗盛の帰郷の許し。簡単な言葉ですがとてもきれいでした。

仕舞は井上先生。いつも通りええお声p(*^-^*)q。
もう一つの能は「邯鄲」。
吉田先生がシテ(主役)の盧生です。
邯鄲という町の宿屋さんのお昼御飯の支度中のお話。
宿屋の女将が持つ不思議な枕「邯鄲の枕」。これを使って寝ると、、、、
トントンと起されると、「王様になってください」と話しかけられ、あれよあれよで王様に。
50年の治世も過ぎ、祝賀の会で長寿のお酒も頂きつつ過ごしていると
どーーーーっと時間が目まぐるしく変わり、またトントン。
「粟のご飯が炊けましたよ。」という女将の言葉で目が覚める、というお話。
祝賀の会でお酒を注ぐ童子は吉田先生の息子さん。親子共演でした。
しっかりと前を見据える目が印象に残っています。
盧生が寝ている寝台は一畳ほどの台です。寝台になったり夢の中では御殿になったり。
この一畳ほどの台の上で舞っているのですが、
面を付けてるし、下見れないし、コケッと落ちそうだし、最後はシュタッと飛び乗って寝転がるし。
緩急、急、急な能でした。

謡を初めて1年半ほどです。
とりあえず見て、聞いてしているうちに、耳に言葉として聞こえてくる部分も
目に入る場面も増えてきました。この調子で少しづつやっていきたいと思います。
そして今回も写真がないの~~~~~。

観劇 | 10:23:11 | Trackback(0) | Comments(0)
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