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はーの輔

Author:はーの輔
はてさてどんな方が来て下さるのやら
現在は大阪市内にて住んでいます。音楽、美術館めぐり、旅行、きものに興味があります。
同じ趣味の方もそうでない方もごゆるりとお楽しみ下さい。

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マルティン・ルターと言えば?
1517年の宗教改革としての歴史の中の登場人物として認識されているマルティン・ルター。
実は作曲も作詞もしていたというのは日本ではあまり知られていないのではないでしょうか?
かく言う私も知りませんでした。

来年2017年は宗教改革500周年の記念の年です。
その年を迎えるにあたり、先日、大阪コレギウム・ムジクの
マンスリーコンサートでマルティン・ルターの讃美歌を拝聴。
コンサートの中では、ルター作曲の讃美歌と
その曲をバッハが編曲をしたといわれる曲をそれぞれ聞き比べ。
単旋律のルターの曲をバッハが単純化しハーモニーで膨らませ、
展開した曲はそれぞれに美しいです。

ルター:安らぎと喜びをもって私は行こう
バッハ:彼は異邦人の救い、幸いなる光

言葉のイントネーションやアクセントをも曲に盛り込み、
音としての響きに乗せた讃美歌はぼんやりとかすかに神様の残滓を感じさせるものでした。

現代社会では音楽は楽しむべきものとしてとらえられていますが、
古代西洋では、音楽は神の国の秩序を表す一つの手法としても認識されています。
この点で数学とは兄弟関係にあるとも言えます。

こんなことも高校の哲学の授業で習ったなぁと思いつつ、
私は楽器の音楽として音を楽しみたいと思います。

音楽 | 22:06:52 | Trackback(0) | Comments(0)
易きに流れる
とある演奏の伴奏者、のスペアに指名をいただきまして、
久々にピアノの蓋を開けました。
IMG_3646-14_20160822.jpg

まず、指が動かないよね~~~、ですよね~~~( ;∀;)
手が開かないよね~~~、右手オクターブぎりぎりすぎて音が出てないよね~~~( ;∀;)
1、4とか2、5の指で和音が弾けないよね~~~( ;∀;)
はい、15年まともに弾いてませんので。とは言ってられないので日々練習。
そして我が家はサイレント仕様ではないため、夜は練習できない(ご近所迷惑)
土日の朝か昼か、いずれにせよ時間は有限なのですよ。本番は10月の後半。

そして今回の曲は抒情的な側面が強く、私は苦手分野(汗)
もっぱら私はインベンションやシンフォニア、フランス組曲、イギリス組曲の方面へ走ってました。
和声万歳、歯車万歳、素数万歳、です(笑)

しかも謡のお稽古でドレミの音名で認識せず、
そのものの音と音の幅だけを取るようにしてきたのが
今回のピアノ伴奏でシフトチェンジ。
がっつり音名モードに入ってしまいました。
ある意味残念無念。
(謡は完全に移動ドの世界で、しかもドレミだけでは表すことのできない間の音があります、と思う)
(西洋音楽は移動ドと固定ドをいったりきたりしなきゃいけません。キリッ。出来てませんっ)
「易きに流れる」とはよく言ったもので、
身にしみついた習性(西洋音楽としての、音を音名で認識することや音の幅の感覚)を
変更することはなかなか難しいし、やはり身についているもののほうが馴染みが良いし速いです。
むしろ、15年埃をかぶらせていた習性ですが、
一生懸命身に付けたことが錆はしつつも、無くなっていなかったことにほっとしてます。

楽譜を読んで、弾いて、音を確認して。
単純作業の繰り返しですが、音符が読めなくなってることにも愕然(@_@;)
楽譜上の音符の間隔と場所でどの音かすぐに読めていたのが、読めなくなってました。
やはり日ごろの修練鍛錬練習の積み重ね継続に勝るものはありません。

ま、私はスペアなので正規の方が弾くのであれば出番はないのですが、
本当に弾くと決まってから練習を初めててはどうにもこうにもならないので
今からキリキリ練習を始めようと思います。

音楽 | 22:58:15 | Trackback(0) | Comments(0)
ざわりとするコントラバスの音、と鶴亀
疎水脇のnomaカフェでかかっていた曲。
そろっと耳に入ってきたのはアコーディオンの音。
そしてチェロかな~と思って、ううう?違う、コントラバスだわ。
ざりっとした弦の音に、思わずCDを買ってしまいました。
IMG_0717-14_20160214.jpg
少し心がそわそわざわつくコントラバスの音が懐かしく思いました。

NHKラジオ放送流しっぱなしのでクラシックを聴き始めておおよそ30年。
一人オーケストラ、ハナウタで歌える曲もあります。
チャイ5、ブラ1、新世界、幻想、ベト8?さまざま。
謡はラジオ冒頭の「ピ~ヒョロ~~~」の音は聞き知っているので、
聞いてはいたのでしょうが、まったく耳に残っていません。
今になって日曜日の朝のラジオを聞こうと思って聞いています。
でも耳に入ってこない。うーーん、ハナウタなクラッシックと耳にさえ入ってこない謡。
明らかに聞いている量の違いで反応するかしないかが分かれてます。
が、先日の新年会の時に先輩方が東北(とうぼく)をしてらっしゃいました。
それを聞いていたからか、ラジオの音に反応!!!!!番組を確認すると東北でした。
そして今日は朝から春日竜神。(むふ、マリコ嬢が仕舞をしましたな。かっこよかった。)
で、春日竜神の中の一節で「八大龍王は」が聞こえて
岩船のお稽古をしなきゃ、しなきゃ、とわたわたしてます。
(そういえば、去年のラジオの蘆刈で梅若玄祥さんの声には反応してました。)
そしてなんと来週の日曜日の朝は「鶴亀」だそうです。
朝、起きて、一緒に謡って、録音撮っといてまた謡って、しようと画策してます。

ちなみに、「ハナウタで歌う」のは適当に歌うということではなく
ハナウタで歌えるぐらいにのんびりと力を抜いて歌う、ということで
決して音符を無視して歌うことではありませんのであしからず。

音楽 | 11:29:56 | Trackback(0) | Comments(0)
女子ばんざーい (魔女闇鍋女子会的な)
題名からしてなんのこっちゃいな、です。

ベルリオーズ作曲、幻想交響曲。
先日、母にこの曲の構想を話していて、とっても面白かったらしく、
上記のような↑↑↑題名を考えてくれました。

幻想交響曲は、ベルリオーズの失恋というか妄執が生んだ曲。
ベルリオーズ自身の注釈が5楽章それぞれに付いています。
今回ははーの輔の身勝手な追加テロップにてお楽しみください(@^^)/~~~

まずは、登場人物について。
ある若い音楽家がいます。恋の悩みで発作を起しアヘンによる自殺を図ります。
がしかし、死ぬには至らず青年は眠りの中でいろいろな幻想を見ます。
ということで、青年の狂った頭の中で繰り広げられる幻想を音楽にしたものです。

第一楽章「夢、情熱」
前途洋々とした青年がある女性に恋をします。
「あ~あの子可愛いなぁ、おお何してるんだろう?こっち見てくれへんかな?
なんかもしかしてこっち見てる?一緒に遊びたいなぁ、でもほかの子も見てる。。。。」
ってややストーカー気味なこの青年。
頭ん中にお花が咲いて、もう少しで頭の上にも咲きそう。というかもう咲いてるよね。
ああ、胸が苦しい。なんでだろう。あの子の目線だけで、、、、、
って十分ストーカーですって。
むしろこの楽章だけでもうお腹いっぱい、十分弾いた気になれます。

お次は 第二楽章「舞踏会」
あこがれのあの子が垣間見れる舞踏会。
ワルツの音色に乗ってブンチャッチャ、ブンチャッチャ。
でもどうしてか不穏な音がする。どうしてかなどうしてかな。
いいや、そんなことはお構いなしに楽しんじゃえ!!!ヽ(^。^)ノ
華やかな木管とハープの音色。流れるバイオリンのメロディーライン。
(もうすでにこの時点で青年の頭はアヘンに侵されており、収集が付かない状態。)

第三楽章「野の風景」
打って変って、田園地帯の野原にいる羊飼いたちの風景。
牧歌的な雰囲気の中、青年の心にもしばしの平穏が訪れる。
しかしあの子のことを思うとになぜか不穏な空気が漂い、生暖かい風が吹く。
やがて夕暮れが近づくとともに、彼女に捨てられたらという思いが頭をかすめ
どんどん目の前が暗くなり、、、、、遠くで雷鳴が鳴り、、、、、
風景描写と青年の心の内が入り混じる音で

第四楽章「断頭台への行進」
ヤーパーパッパーラ、ヤーパーパッパーラ、重々しい冒頭が印象的です。
両手でティンパニが頑張る連打!!!!!!!
勇ましい行進曲の始まりです。さてさてこの行進曲で向かう先はどこでしょうか。
そう、断頭台です。青年は断頭台に向かって歩みを進めているのです。
なぜか?それは青年が妄想の末に愛しの彼女を殺してしまったから。
でももうすでにアヘンでパッパラになっているので、彼女の幻想を求めて歩みを進めます。
それが断頭台への階段を上っていても気にならないのです。
首を寝かせて、ザーーーっとギロチンが落ちます。あ、彼女が見えたかも?
ってあれ、首がコロコロ、トン。僕の首、落ちた?
スネアドラムで幕を閉じます。

第五楽章「ワルプルギスの夜」
蠢く有象無象の物体。むごごごごごご、
Esクラリネットが青年が好きだった彼女を表してますが、何か雰囲気がおかしい。
なにやら不穏な空気を纏う彼女。実は魔女だったのです。そして魔女の集会の始まりです。
「ねぇねぇ、そっちはどうだった?こっちの男はアホでさ」
って自分たちの魅力にはまって破滅した男の話を酒の肴に魔女の闇鍋大会の始まりです。
「結局のところ男ってバカよね。やーいバーカ、バーカ。あんなんになってんのんよ。
女子ばんざーーーーい!!!かわいい、サイコー!!!眷属よ、我らを誉め称えよ!!」
弦、木管、金管それぞれに吠えて吠えて吠えて化け物たちの咆哮と喧噪。
怒涛の終楽章。


ベルリオーズ(1803-1869年)の音符って、一見ハチャメチャに聞こえるんですが
意外と真面目に音符が並んで音が進行していきます。
なので、聞くのと弾くのとではイメージが変わりました。
また、私が引いた時の指揮者の方が、かなり細かく運弓に指示を出し
上昇音形はアップボウで、下降音形はダウンボウで弾こうね。
ティンパニに両手で同時に叩いて下さい。右左でトコトコしちゃダメ、とか。
なかなかに音を作ることに緊張感を持たせることを考えてらっしゃいました。
弾きづらさの中にはらむ緊張と不穏な雰囲気を必要としていたのだと思います。
そして終楽章のEsクラリネットのメロディーで指揮者の方の「もっと振り乱して!!」の言葉に、
思わずみんな「クラリネットを吹くのに何を振り乱すんや?」と??になったのは秘密です(^○^)
髪の毛を振り乱した狂気もあらわに貪婪な状態を表現するための指示だったのですが、
如何せんその時のクラリネット奏者は、おっとり系の上品なおばちゃま。
でもしっとりふんわり雰囲気にスパイスが効いたEsクラリネットに仕上がったと思います。

音楽 | 00:43:07 | Trackback(0) | Comments(0)
なにはなくとも心の雫
時折、ブログでもFBでも書いている音楽のこと。

大学時代にオーケストラ部に所属し、コントラバスを明けても暮れても弾いて、
大いに音楽に没頭した時代を過ごしていました。
(専攻は工学部なので、完全に音楽は趣味です。)
その学生最後の演奏会(卒演)に弾いたのが、チャイコフスキー作、交響曲第6番「悲愴」。

先日のNHKで、ブロムシュテットさんの指揮で悲愴の演奏がありましたね。
演奏を聴きながら、弾いていた時の音のイメージがふわりふわりと浮かんでは消え。
私にとって悲愴は、卒演に弾いたこともあり温かい涙のイメージ。
ぼんやりとした揺らぎの中のひかりが、あちらでぽつり、こちらでぽつり。
やわらかく、じんわりとした温かさを持ちつつも、一片の悲しさも同時に含む。
ほろほろ溶けては広がる涙の味のする曲です。

とか言いつつ、本番はそんなこと考えてる暇ありません。
コントラバスで始まり、コントラバスで終わるコンバスパートにとっては重要な曲。
そしてこの時、私はコンバスのトップ。
気も逸るし、あっちこっちに耳を澄ませて完遂することしか頭にありませんでした(汗)

今となっては、あの時代があるからこその今の私。あの時の踏ん張り、地道な基礎連。
そして振り返ってみれば珠玉の時間を過ごしていたなと、感心しきり。
どんどん変化していく音を共有できる嬉しさと、その時にしか出ない音へのさみしさとが
両方ないまぜになった、なんとも言いがたい音だったように思います。

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Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?
 @Museum of Fine Arts, Boston

音楽 | 23:56:33 | Trackback(0) | Comments(0)
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